■ミッキーマウス誕生から80年!!
公式ではウォルト・ディズニーのアニメ映画
『蒸気船ウィリー』でミッキーはデビューを飾り、
その公開日の1928年11月28日がミッキーの誕生日と
されていますが、実はディズニーが考たミッキーマウスはすでに
彼の制作した短編アニメ『プレーン・クレイジー』に
登場していたそうです・・・
ま、そんなことはどうでも良いことなのですが、
それにしても80年もの間世界中の人々に夢を与え
続けてきたという実績は「凄〜い!!」
としか言いようがありません。
僕にとってディズニーの思い出と言えば、
やっぱりディズニーランドというテレビ番組です。
思えばまだ幼き頃、僕は北海道の片田舎で育だちました。
家の周りは畑と森と川に札幌へ通じる単線の線路。
まさにスタン・バイ・ミーの世界です。
遊ぶことと言えば森や川や畑を走り回って
雨の日も雪の日も毎日泥まみれ雪まみれになって
日が暮れるまで遊んでいたのを覚えてます。
僕には豆博士と呼ばれる3歳上の兄がいて、
自分が小学校に入るまではどこへ行くにも
兄とその仲間達にくっ付いて遊んでいました。
とにかく西に東に北南と忍者のように走り回ることが多く、
その頃の3歳下は体力的にも大きな差があって
兄達について行くのが必死でした。
人里離れた森の中で置き去りなったら森に住む
竜に食べられてしまう・・・くらいに本当に信じてました。
お陰でいつの間にか駆けっこは同い年の誰よりも
速くなってました。
自然の中を探検して遊びを見つけたり遊びを作ったり、
兄とその仲間達は実に遊びの天才でした。
遊んでも遊んでもまだまだ未知の世界が沢山あって、
次の日に何が起こるか想像するだけでも夜も眠れないくらい
興奮の連日でした。
そんな毎日の生活の中で、その遊び以上に
一番の楽しみだったのがディズニーランドという
テレビ番組を見ることでした。どんなことがあっても
ディズニーランドは毎回欠かさず観ていたと記憶してます。
とにかくその時間はテレビに釘付けでした。
しかもその頃はまだ白黒テレビで・・・
確か僕が観ていた頃は日曜日の午前中だったような、
でも夜に観た様な気もするので、ウィキペディアで調べてみると、
分かっている限りでは1958年から1968年の10年間に
再放送も含め284回も放送されていて、時期によっては
午前だったり午後だったり、また夜だったりと番組の時間帯は
変わってました。地方によってはさらにその時間差はあったと
思います。しかも毎週末に観ていたと思っていたのですが、
その頃は飛び週で月2回のペースだったようです。
ディズニーランド番組の放送時間
金曜20時(1958年8月29日〜1968年2月16日)
日曜19時(1968年4月7日〜1969年9月21日)
日曜10時(1969年10月5日〜1970年3月29日)
日曜14時30分(1970年4月19日〜1972年4月30日)
(ウィキペディアより)
それにしても当時の僕自信にとって海外との唯一の接点は
このディズニーランドで観るテレビの中の世界でしかなく、
しかもそこで観るディズニーの世界は全て本当の出来事だと
マジで信じていました。と言うより、幼き自分は完全に
その世界に入りきっていました。恐らく当時の他の子供達も
皆同じ様な気持ちだったのではと勝手に思ってます。
それくらい印象的で僕らの幼き心を鷲づかみでした。
ま、たまに例外で、夜中におしっこに起きると
父親が観ていた「サンセット77」や
「0011ナポレオンソロ」などのちょっと
お色気ムードの大人の番組に遭遇することは
ありましたが、ディズニーランドでピーターパンを観た日には、
いつかきっと僕のところにもピーターパンとティンカーベルが
やってくると本当に信じてましたね。と言うより、
夢の中で毎晩のようにピーターパンと一緒に空を飛んでました。
ちなみに、高校を卒業して留学という名目で
ロサンゼルスに行った1977年に真っ先に見に行った
「サンセット77」の場所は、とうの昔に「Body Shop」
というストリップ小屋になってました...。
ディズニーに纏わる話しはその後も沢山遭遇するのですが、
切りがないので何れまた書くことにします。
でも、そんな幼き頃が本当に懐かしいです。



